「障がい」を生きる。楽しく生きる。

NHKの「発達障害プロジェクト」が始まりましたね。
毎日、「発達障がい」のことがどこかで取り上げられています。
私も、一応「障がい」を扱う者として予約録画はしています。

前回のNHKの記事も多くの方に読んで頂けているようで
ありがとうございます。

それほど、関心がある人がいる、ということなのでしょうね。
私はこの「みのり。」サイトと雑誌「きらり。」を作るとき、
副題をつけました。

「障がいを生きる。楽しく生きる。」

障がいが楽しいはずないやろー!、という声が聞こえてきそうですが
それでも「障がいであることを楽しんでやりたい」という願いを込めています。
テレビを見ていて思うことは、
「苦しいこと、辛いことをわかってよ!」
ということを強く訴えていること。

発達障がいは「目に見えない障がい」だからこそ、
「わかってよ!」
と思うのかもしれませんが、私はそうは思いません。

「わかってよ」じゃなくて「知るだけでいいんです」。
発達障がいなら、生まれてからずっとですから、すでに38年間
精神障がいなら、24歳からなので、14年間

元夫にも、家族にも「わかってよ」「理解してよ」と思い続けた時があります。
しかし、こんな身近な人でも「理解なんてできない」んです。

「辛いよ」「しんどいよ」「わかってよ」「なんで私ばっかり」

そういうマイナスなことをいくら訴え続けても、何も進まないのです。

じゃあ、どうするんだよ?、というと

「ありのままを受け止めてくれるだけでいいよ」
「あんたは、そういう人だししょうがないな」
「私の障がいって面白いでしょ?」

これだけで、いいんです。

だからこそ、
「障がい」を悲しむのでなく、受け入れることです。
「障がい」を面白がることです。
「障がい」を笑い飛ばすことです。

「障がいを生きる。楽しく生きる。」には
こういう意味合いを込めています。
私は、発達障がいを持っています。
全身過敏です。
不自由なことを数え始めたらきりがないほどあります。

そして、双極性障がいも持っています。
ちょっとしたことで、すぐに重度「うつ」状態になります。

先週の金曜日、朝起きたら全身硬直し、頭が重く、全く動けなくなりました。
仕事がしたくても、寝るしかできませんでした。

土曜日、少しマシになり、家庭教師だけなんとか這ってでも行きましたが
帰ってきたら寝たきりです。
「きらり。」の校正がしたいのに、少し直したら、パソコンが眩しくて
何もできなくなりました。
寝ては起きてを繰り返しながらパソコンに向かいました。

日曜日、少しマシになったとはいえ、頭が重く「うつ」状態から脱していません。
それでも「きらり。」の校正はしなければいけません。
寝ては起きて、を繰り返しながらも紙面に向かい、校正し、パソコンに向かいました。

そして、今に至ります。
このエピソードだけを見たら、「しんどいのに頑張って。」と思うでしょ?
でも、私は違います。

「うつ」になったらしゃーない!
この際、たくさん寝て、好きなものだけ食べて、仕事しよ!
「うつ」になっても、時間を刻めば仕事もできる!
よーし、あとは、「うつ」さんになんとか静まってもらお!
寝るぞー
・・・と、こんな感じです。

私は、自分の「障がい」のことを「一番知っています」。
何が起きても、動揺しません。
体が、心が「こうしないといけないよ」と言ってくれることを聞くだけです。

他人から見たら、
「何、あの不規則な生活」
「好きなものだけ食べてていいわけないでしょ」
「自営だからできることで、私らにはできないわよ」
と思われるかもしれません。
はい、そうなんです!
私は、自分の「障がい」が不自由だということを知っているから
時間だけでも「自由」にできる仕事をしているのです。
しんどくなったら、即寝られるようにしているのです。
よく「あ、今、しかばねってた?」とマリアさん、ふーこさんから言われます。

あの2人は、私の障がいの特徴を面白がってくれます。

「きらり。」vol.1で書いた「しかばねTime」のことを楽しんでくれています。

そうしてくれると、私も気がとても楽になります。

「障がい」を「楽しむ」。

それに変えてくれることで、気持ちがとても楽になります。

今の風潮の「しんどいよー」「辛いよー」だけ現象が
早く「私のこの障がい、すごいでしょー」現象に変わってくれるように
願っています。

朝倉美保