FU-KO&マリアの対談<ご年配の方の考え方に触れて思うこと>

「きらり。」vol.3
FU-KO&前田マリア 対談

紙面に収録しきれなかった内容を、小分けにして載せたいと思います。

お二人が子育てしながら「障がい」に対する偏見と感じたことや
「障がい」に対して思うことを語っていただいています。


<ご年配の方の考え方に触れて思うこと>

マリア
私いま「おもちゃインストラクター」の資格を取りに行っているやけどさ。

ふーこ  へー。

マリア
おもちゃとか学びの講座やから、市の幼稚園の先生とか多くて。
テーブルの仲間でセッションするんやけど、年配の先生も多くいらしてて。
やっぱり話の中で「グレーの子どもが多い」って話題になった時にね、ある気になるお子さんの話になってね。
「なんでもできる子なんやけど、ずっと一人でいる」んやって。
今の若い先生は、それを「よし」としてくれるんやけどね。
でも、年配になればなるほど「みんなで一緒に」っていう感覚がすごくあるから、ご両親と面談をした時にその子のお父さんが「うちの子は天才だ。すごくできる。」と思っていると聞いた時に「これはやばいな」と思ったらしいのね。
私は「いや、やばくんじゃないですか。この子を素晴らしいな、と思っている親は素晴らしいと思いますよ。」って言ったんよ。

ふーこ  うんうん。

マリア
「でも、障がい、って言ってあげたほうがいい気がする」って言わはるから、「いや、それは言わなくてもいいと思いますよ。」って言ったのね。
親の子どもを見る目が変わってしまう方が、子どももかわいそうだし。
今は見守ってあげた方がいい気がする、と思って。
もっと大きくなって、小学校に上がって何か困難が出てきた時に「障がい」のことは言えばいいだけであって、今すぐに言わなくてもいいかなと思うのね。

ふーこ  うんうん。

マリア 
今、「素晴らしい子だ」と思って子育てしているのであれば、その子どもにとってもいいことだと思うんですよ、って話していたのね。
それでね、世代間でも「見方が違う」んだな、って思ったのね。
その先生は先生で子どもの事をすごく思っている素晴らしい先生なんだけどね。

ふーこ
そうやね。「普通」に近づけよう、と思っていはるところがあるから、「普通じゃない」ところはおかしい、「障がい」なり「天才」なり、和を乱す存在って思っているよね。
面白い話を聞いたんだけどね、とある小学校のベテランの先生で標語を貼っていはるらしいのね。
金子みすゞの「みんなちがって、みんないい」をね。
でも、行動してはることは全く反対らしくて「違っていることは許さない。」「私の正しさについてこい。」なんやって。
だから、「スローガンの美しさだけを見ていて、本質はずれているよね」っていうのがご年配の人たちにはあるのかもしれないよね。

マリア
年配の方すべてではないけれど、やっぱり「見えない障がい」に対しては難しいな、と思うね。

ふーこ
そうやね。発達障がいは「見た目」ではわからないもんね。

マリア
昔からさ、どんな病気よりさ、「精神的に病んだ人は隠す」って習慣があったやんか。
日本全体としてさ。

ふーこ 
うんうん。
だから、私の親なんかは「隠せばいいやん」「隠して生きていけばいい」って言うのよね。
「そんな、わざわざ言うことではないし、言うことで本人(子ども)が傷つくやろ?」って言うんやんか。

マリア  本人、傷ついてないやんな?

ふーこ
うん。本人全然傷ついてないねん。
それよりも、言うことで、彼女自身も「こう言う特性を持ってる」って知ってるから、私と長女では絶対に分かり合えへんことがあるってわかってくれてて。

マリア  交じりあえないってことやんな?

ふーこ
そうそう。
例えば、衝突した時も、完全に理解しあえないことがあるんだ、ってことをわかっててくれてるんよ。

マリア  そうやんなー。

・・・


<Blog>

ふーこ(美濃羽まゆみ):http://fukohm.exblog.jp

前田マリア:http://marianoouchi.exblog.jp


今回のお話の中では、
家族や周りの方の中でもご年配の方から、ちょくちょく偏見的なお話をされるというエピソードが出てきました。

全員が全員、そうではないですが、
考え方の偏りというのも年齢に関係していることもあるのかな?

と思いました。

ご年配の方に対して偏見を持っているわけではないですが、
実際に「こういうことがあったよ」というエピソードを語ってくださっていました。

次回は、
学校生活などの環境を通して子どもたちの考え方が柔軟に変わっていっていること、などについてお届けしたいと思います。

朝倉美保