往復書簡 akmmさん(最終回)

④ 7月16日 マリアから(最終回)

akmm様

すっかりお返事が遅くなってしまいました。
もう、暑い暑いと息切れする毎日、いかがお過ごしでしょうか?

さて、いただいたお手紙大切に読ませていただきました。
ありがとうございます。

そしてそして、
私は一体どうやって不安を打ち消しているのだろう?と考えながら、
ここ最近意識しながら暮らしていました。

実は、こういう事って、訊ねられなければ意識しないものですよね(笑)。

うーん。うーん。と考えていたらふと1つの答えが浮かびました。

「明日のことはわからない。」

こんなシンプルな答えで本当にすみません。
でも、本当にこれしかないんです。

私にだって人並みに不安なことや、考え込んでしまうこともあります。
人よりは少ないかもしれませんが(笑)。

そんな時、ぐるぐるぐるぐる考えていても、
結局将来のどうなるかなんて、誰にもわからないんだ!という答えに行き着くのです。
だって、明日のこともわからないのに、10年後の未来を予測するなんて不可能ですよね?

10年前、一体誰がユーチューバーなんて職業を予測したでしょう?
未来なんて、誰にもわからないんです。結局。

だから、私は「行動すること」で不安を打ち消しています。

今、最善だと思われる行動を選択して行動する。

例えば、
・私がいなくなったらこの子達はどうするのだろう?は
→私がいなくなっても、生きていけるように育てよう。

・間違ったことを植え付けていないか?は
→子育てであれ療育であれ、流行や即効性では選ばないようにしよう。

という風に、
今最善だと思われる行動を実行することでしか、不安はなくならないのですよね。
少なくとも私は。なんですが(笑)

逆に皆さんがどうしているか聞きたいくらいです。

akmmさん。
私ね、最近思うんですよ。
世間は、発達障がいか定型か。線を引きたがるんですよね。
発達障がいはこう育てましょう。定型だからこう育てましょう。

たくさんの情報も、今はあります。
発達が気になるお子さんにはこんな教室を!とか、食事療法とか、
ちょっとサイキックなことまでたくさんたくさん、情報が溢れています。

でもね、私たちは「人間」を育てているんですよ。
定型であれ発達障がいであれ、私たちは「人間」を育てている。

だから、発達障がいであれ定型であれ、
どんな子どもにも「ダメなことはダメ!」なんですよね。

叱ってはいけません!とか、色々いわれていますが、
人を傷つけたりすることについては、きつく叱って当然です。

我が家の話で恐縮ですが、
我が家では「これをやったらボッコボコやで!」ってことが2つあるんですね(笑)。

見境なく叩いたりはもちろんしませんが、
家の外に放り出されるくらいはやります(笑)。

それが、「卑怯なこと」と「一方的に何かを傷つけること」。

この、人間としての根底に発達障がいも定型発達もないと私は思います。

まぁ、親がしていなければ子どももしないんですけどね。
でも、少しでもしようものなら、極道に成り替わる私がいますから(笑)。

話がそれましたね。

ですから、不安は行動することで解消しています。
ADHDかな(笑)。

そして、akmmさんの、子ども時代のお話、よぉ~くわかります!
結局ね、我が子は自分そっくり(笑)
私も長男にそっくりなんです(笑)。

雨が降るのもわかるし、味にも敏感なんですよね(笑)

辛い記憶も、確かにありますが、
子どものことが手に取るようにわかるので、
経験も無駄ではなかったかな?と思っています。

周りに回って繋がっていく。
人生って本当に面白い!そんな風に思っています。

akmm様。
クラウドファンディングで皆様にご協力いただいた雑誌「きらり。」が、
ありがたいことに世間に受け入れられつつあります。

どうなるかわからない私たちに、ご協力いただき、本当にありがとうございました。

私にとってもこの往復書簡は、
考えさせられる場所となり、楽しんで書かせていただきました。

感謝しかありません。

この出会い、私も心から大切にしたく思います。
是非、いつでもメールなさってくださいね!

夏休みが始まりますね(笑)。
お互い、乗り切りましょうね!

前田 マリア


③ 6月29日 akmm様から。

マリア様

往復書簡へのお返事、ありがとうございました。
何度も何度も、大切に読ませていただきました。
たくさんの気付きがあり、たくさんのことを考えさせられました。
返信に時間がかかってしまい、申し訳ありませんでした。

梅雨に入り、上の子の絶不調が徐々に馴染んできている今日この頃です。
身体で季節を感じられるのは、いつも思いますが、すごいことです。

さて、前回のお話からの続きとなりますが、
マリアさんの言う通り、
目の前に立ちはだかったと思った壁は、意外に低い壁でしたね。笑

目の前の彼を見つめ、理解するだけ。
とてもシンプルなことでした。

私は今まで一体何を必死にやっていたんだろう?と、
自分で自分がおかしくなったくらいです。

そして、
今まで間違ってやっていたこと、また間違っていなかったこと、が明らかになったことは、とても大きな収穫でした。

ただ、私がここまでこれたのも、
「人」に恵まれていたラッキーな部分も大きいと思います。

それまでは全く気にもしていませんでしたが、
「意見が聞きたい」「話を聞いてほしい」と思えば、
相談できる相手が、たくさんいたのです。

なんでも話せる保育園つながりのママたち、
「ママの納得いくまでやってみなよ」と言ってくれた夫。

そして、
医師をはじめ、看護師、臨床心理士、ソーシャルワーカー、
障がい児保育の保育士、小学校特別支援学級の先生といった専門の知識を持った身内や友人たち。

上の子の受け入れ体制は、随分と前からすでに整っていたのでした。
あとは私が飛び込むだけ。

区の就学相談係の方にも恵まれ、
「○○くんは本当に将来がたのしみですね」と何度も優しくおっしゃって下さいました。

その言葉に、
「今」しか考えてこなかった自分に気付き、
「将来」を楽しみにしても良いんだ、と嬉しくなったことを覚えています。

保育園の担任だった先生も、会うたびに声をかけて下さり、
卒園した今も、上の子のことを気にかけて下さいます。

今は、学校の担任の先生、通級の先生が
彼の良いところをたくさん見つけて褒めて下さり
(私のことも褒めてくださるのです、本当にありがたいことです)、
温かいサポートに、心から「恵まれているなぁ」と感じています。

もし、こうした周りの人たちがいなかったら、理解や協力がなかったら、
と思うと背筋がゾッとします。
きっと立ち往生していたでしょうね。

そして、自分の頭でよく考え、自分の子育てに対してどうしていきたいのか、
取捨選択をすることも、なかったのかもしれません。
(何も考えず、診断→カテゴリー分類→集団療育、のベルトコンベアーに乗っていたかもしれません。)

マリアさんの言うように、
現代は子育ての「継承」が途絶えてしまっている、と私も感じます。
多くの親は溢れる情報に振り回され、さまよっているのではないかと思います。
子どももそうですが、子育てする親も、心のよりどころ、居場所がないのかもしれません。

発達障がいに関する話が、
あらゆる場所で深く突っ込んではいけない話題、
タブーになっている感じがするのは、私だけでしょうか。

はっきりと具体的な話ができる環境や場所が身近にないことが、
子や親を苦しめているようにも感じます。
(スピンオフで、マリアさんがお話されていましたね。同感です。)

話は少し変わりますが、
上の子が小学校に上がったとき、
私の中での苦い思い出も、記憶の中から這い上がってきました。
予想していたことでしたが、思っていたよりもきついことでした。

彼を理解するために読んでいた本で知ったことですが、
私は小学生の頃「場面緘黙」だったのです。

学校は嫌いではなかったけれど、
授業中に自分の意見を述べたり、みんなの前で発表をすることが、6年間1度もできなかったのです。

当てられたときは、何も言えないまま、いつもうつ向いて泣いていましたね。
どうしてそうなのか、深く考えたことはありませんでしたが、
上の子の小学校入学が、自分のことを理解する大きなきっかけとなりました。

自分がどういう環境に置かれていて、家族や周りに対してどう感じていたのか、
どう考えていたのか、どうしてほしかったのか。

高校にうまくなじめず休みがちになったこと、
メル友にのめり込んだこと、
大学で親元を離れ価値観が変わったこと、
社会学や行動学に強く引かれたこと、
全盲の教授に師事し障害学にふれたこと
(FUーKOさんのblogに出ていた「べてるの家の当事者研究」も学びました)、
アイデンティティについて卒論を書いたこと。

バラバラに存在していた小さな点たちが、
自分の中で一つの線で繋がり合っていきました。

色々なことが偶然ではなく、必然であった、と。

上の子を通して、あのときのことは、あぁいうことだったんだなぁ、と
自分のことが深く理解できた、つらく苦しくも、なんとも清々しい一年でした。

スピンオフで美保さんも述べられていた通り、
自分自身を理解するこは本当に大切で、
過去の自分への理解が、子や周りの人への理解に繋がることがよくよく分かりました。

またまた長くなってしまいましたが、最後にマリアさんに質問です!

先日、上の子に
「ママはぼくの言いたいことを分かってくれる、ママだいすきだよ」
と言われました。

飛び上がりたいほど嬉しい出来事でした。

上の子は、不安なことや心のモヤモヤがあると
「ママ、ぎゅーして~」と私の元へやって来ます。

普段は一日1~2回程度ですが、
2年生に上がる前の春休みは、色んなことが不安だったのか、毎日10回以上でした。
彼の心を知るバロメーターになっています。笑

ただ、私を信頼してくれて嬉しい反面、不安もあります。
話をとても素直に聞いてくれるので、
私が間違ったことを植え付けていないか、不安になるときがあるのです。

そして、私がもし突然いなくなったら、
この子はどうなるのだろう、と漠然とした不安もあります。

マリアさんはあらゆる不安をどうやって打ち消しているのでしょうか。
ぜひ聞いてみたいです。

きらりvol.2も、まもなく、ですね!
vol.1も濃い内容で、読み進めるのに時間がかかってしまったので、
vol.2はどれほどになるのか、今からドキドキしています。笑

子どもを通して、障がいを通して、
こうしてマリアさんと往復書簡ができたことをとても光栄に思います。
お付き合いいただき、本当にありがとうございました。

これからも、「みのり。」の活動を応援しています!

平成29年6月29日
小鳥たちのさえずりが響く早朝に akmmより、親愛なるマリア様へ

 


② 5月14日 マリアから。

akmm様
往復書簡へのお申込み、並びにプロジェクトへのご支援本当にありがとうございます。素敵なお便りと、胸の内を吐露して下ったこと、本当にうれしく思います。
すっかり汗ばむ陽気の日も増えましたね。いかがお過ごしでしょう?

実は私も、いただいたお手紙を読ませていただいてから少し考えこんでいました。
たぶん私は、「普通のお母さん」とは違っていて(笑)、我が子がそうだとわかった時、ショックも何もなかったんですね。でもきっと、ショックを受けられるお母さんがベーシックなのですよね。

まず、「発達障がい」という言葉のインパクトに、驚かれる方がほとんどで、泣き崩れる方もいらっしゃるほどです。ですからakmm様が、ショックを受けられ、それを乗り越え、今こんな風にお手紙を書いて下さり、笑えていることは、その頃から考えますと、奇跡のような出来事ですよね。 本当にたくさんの涙を流し、学び、努力されたのだと思います。そんな日々が目に浮かぶようです。

そして、診断時の医師と臨床心理士の対応も、私にとっては「イラッと」しました(笑)。akmmさんの息子さんは、「残念」なんかではありません。素晴らしい素質を持った、未来に輝く素敵な男の子なんですよ。絶対に。

そうですよね。いくら国家資格を持った医師であろうが、臨床心理士であろうが、我が息子を「残念」だとか言う人々に、任さなくても、診てもらわなくても良いと思います。 実際に、診断名が出たから、そのあとの事をフォローしてくれるかと言えば、そうではありませんものね。

akmmさんの判断は素晴らしかったと思います。
自分が「合う」人を探したことが、息子さんの落ち着きにつながったでしょうし、どんな子どもも自分を「残念」と言い放つような大人とは、絶対に接して欲しくないでしょうから。

発達障がいの子は絶対に相性が大切です。どんな子どもよりも、自分自身を「困った子」だとか「迷惑な子」だとか思っている大人を一発で見抜きます。 その嗅覚たるや、まさに犬並みと言っていいほど(笑)。すごい感性だなぁと、いつもこちらが驚かされます。

そして、akmm様がお手紙のなかでお話ししてくれた、
「彼の行動や気持ちの、本当の部分が見えてくるに従って、私たちはなんて自分の子に無知だったのだろう!!!」
という、お母さんとして気づいた瞬間の素晴らしさに、鳥肌さえ立ったほどです。

そうなんです!そうなんです!それなんです!

理解することに努めたら、彼らが見えてくるし、彼らの考えていることがわかるのですよね!そして、それが「この困った行動をどうにか治そう、矯正しよう」と考えるのではなく、「付き合ってみよう」とこちら側が考えることで、彼らは居場所を確保することができる。

きっとakmm様も、肌で感じられたことだと思います。
目の前に立ちはだかったと思った壁は、乗り越えてみたら以外に低い壁だったと感じられたのではないでしょうか?

発達障がいの子どもは、自分の困り感を必ず身をもって教えてくれます。パニックで泣き叫ぶことも、ごねることも、場面緘黙も、つい出てしまう暴力も、こだわり行動も、全ては自分が何に困っているのかを表現していると言っても過言ではありません。
それさえ、回避できたら、彼らは安心して暮らすことができますよね!
最近、よく「親の在り方」について考えさせられる機会が増えてきました。そんな時、akmm様のこの言葉が、真理をついているなぁと思ったのです

「子育ては産めばできるものだと思っていました。子育てに勉強が必要だなんて、だれも教えてくれなかったし、これっぽっちも考えたことがありませんでした。ただ、子育てには、勉強しなければできない部分も多くあるのだと、お母さん6年目にして、初めて気づいたのでした。」

そうなんです。
昔は、家におばあちゃんがいて、たくさんのきょうだいがいて、近所との交流もたくさんあった。子育てって、昔は「継承」されるものだったんですよね。
でも、今はその糸がぷっつりと途絶えてしまっている。
困った子も、少し障がいのある子も、みんな泥だらけになって朝から晩まで駆けずり回った時代は終わりを告げてしまった。 そのことが実は親を苦しめていることの一つだと思います。

だからこそ、学ばなければいけない。現状を知らなければいけない。それが現代の親世代なんです。

akmmさんが、言葉にして教えてくれたこと、私も心から感謝します。本当にありがとうございました!

発達障がいの子どもの成長は、全て均等になる、真ん丸にはなりません。出来ること、出来ないことがいびつな凸凹を描きながら円グラフを形成していきます。
キレイな真ん丸にはなりませんが、そのいびつさは、誰にもまねできないたった一つの☆になれるのだと思っています。

親として理解できたことは、何よりの宝だと思われませんか?
是非、これからもお子さんにとって一番の理解者となられるakmmさんと、往復書簡ができて、すごくうれしいです。
次のお手紙もお待ちしていますね!

前田マリア

 


① 5月7日 akmmさんから。

マリア様

新緑のエネルギー溢れる季節になりましたね。

往復書簡、大変遅くなってしまって申し訳ありません。

普段感じていること、考えていること、整理しなくてはいけないこ と、
何をどんな風に書こうか、ずっとあれこれ考えていました。
(チャンスは往復2回、わたしにとってはビックイベントです)

マリア様との出会いは、約1年になります。
ブログを拝見したとき の衝撃は、かなり大きなものでした。
子どもとの関わり方に気付き を下さったのは言うまでもありません。
もっと早くに出会いたかっ たです~。

さて、往復書簡にあたり、わたし自身のことを少しだけ簡単に。

子ども2人と夫と4人で暮らしています。(今のところ3:1で男 子優勢)
普段は、本業でお母さん、副業で会社員をしています。
趣味は、手紙を書くこと、かな。

改めまして、ご長男のご入学、おめでとうございます!
幼稚園とは違う生活に、少しずつ心も体もなじみ始めたころでしょ うか。

わが家の上の子はご長男の1つ上、2年生です。

去年は、親子共にドキドキの毎日を送っていました。
1年経ってや っと学校に慣れた感じがします。笑 上

の子に対して、あれ?と思うことが多くなったのは年中さんのと き。
友だちと些細なケンカが多かったり、疲れやすかったり、先生の話 の最中に立ってしまったり。

運動が苦手だった子、早生まれで成長がゆっくりだった子、活発で 落ち着きのなかった子、同じように眼鏡をかけている子。 同じカテゴリーにいたと思っていたのに、彼だけ置いてけぼりにな っている・・・

何かが変!と思わずにはいられませんでした。

保育園の担任の先生との話の中で、
「お母さんがそんなに大変な思いをされているのであれば、一度、 区の発達支援センターに相談してみてはいかがですか?」 と言われたときに、
え!そういうことなの!と、初めて「発達」 に焦点を当てることになったのです。
(長男は先天性の目の疾患と難病の疑いがあり、それまでは目や体 のことが理由なんだろうと考えていました。)

マリアさんの言うように、早く動けばよかったのですが、、、
なんとなく先送りにし・・・区の発達支援センターに行くことがで きたのは年長の夏になってからでした。
予約して半年後です。

支援センターに行く目的は、
彼に対して、 私たち親がどんな声掛けや行動を取ったらいいのかを知りたい、ただそれだけでした。

半年後に行った区の支援センターでは「アドバイスがほしい」 と求めたものの、 「医師の診断が下りてからでないと何も言えない」 と臨床心理士さんに言われてしまい・・・。

子どもとたった5分簡単な話をし、
親からの聞き取りをしただけの医師は、
「残念ながら、あなたの子どもはASDです、 特にアスペルガー強めの。」
と言い放ったのでした。

帰り道はショックでショックで、
子どもが側溝に落っこちてズブ濡れになったことで、 目が覚めました。笑

たった5分でうちの子の何が分かるの・・・と怒りがフツフツと込み上げ、
違う違う・・・私たちは診断名がほしかったわけではない、
ただアドバイスがほしかったのだ、と再認識したのでした。

それからは、その支援センターに足を踏み入れることはなく、
彼の困り感がどこから来るのか、彼の行動がどこから来るのか、
知人を通して紹介していただいた臨床心理士さんに見ていただいたり、
信頼のおける作業療法士の先生のところへ通ったり、
保育園の先生に引き続き話を聞いてもらったり、
自分で色々な本を読み漁ったりして、 彼を理解しようと
私たちなりに努めてきました。

ただ、ASDと言われたからには、
そういう部分もあるんだろうということも、 もちろん頭に置きながら。

彼の行動や気持ちの、本当の部分が見えてくるに従って、
私たちはなんて自分の子に無知だったのだろう!!!と、
とても驚くと同時に、
今までどれほど申し訳ないことをしてきたか・・・ と、
ものすごい後悔の念に襲われました。

子育ては産めばできるものだと思っていました。
子育てに勉強が必要だなんて、だれも教えてくれなかったし、
これっぽっちも考えたことがありませんでした。

ただ、子育てには、勉強しなければできない部分も多くあるのだと、
お母さん6年目にして、初めて気づいたのでした。

昨年の4月、彼も小学校へ入り、今では立派な2年生です。
喜怒哀楽、色なんことが巻き起こる日々ですが、
学校や周りの方と連帯しながら、親子ともに毎日を楽しんでいます。

そう感じられるようになったのも、マリアさんのおかげです。
マリアさんとの出会いに、心から感謝いたします。

長くなってしまったので、今回はこの辺で・・・

平成29年4月28日 akmmより、親愛なるマリア様へ