発達障がい者(精神障がい者)は精神的に弱いのか?!

  • LINEで送る

発達障がい当事者コラムは久しぶりですね。
サボっていたというわけではなく、ウヨウヨ考え事をしていました。

「大人の発達障がい」担当の朝倉美保と、
「子どもの発達障がい」担当の前田マリア。

そんな分担もしながらコラムを進めていきたいということ、などなど。

Instagramとブログを中心にしている、マリアさんとふーこさん。
反対に、Twitterを中心にしている私、朝倉。

Twitterには、多くの大人の発達障がい者がいて
日々いろんなつぶやきを見ることができます。
ものすごく勉強になります。

Twitterを読んでいて思ったことの1つ、
それが「発達障がい者(精神障がい者)は精神的に弱いのか?!」ということ。


Twitter(@Rosuism)でも、つぶやきましたが、
私の持論は「生まれつき、弱いはずがない」ということ。

ミスや失敗を繰り返し
怒られ続けているうちに萎縮し、
そしてどんどん自分を過小評価していき
「私は、◯◯しかできない」「何もできない」「生きてる価値なんてない」
と追い込んでいっているのです。

要は、「自分で自分を弱らせていっている」状態なのです。

「自己肯定感を高めて、子育てしましょう。」
というのは、この負の連鎖に陥らない心を育みましょう、
ということです。


では、すでに自己肯定感が崩壊してしまっている大人はどうするか?

これも持論ですが、

「もう大人になったのだから、自立心を自分で立て直しましょう」
「自分に自信がないのなら、自信が持てることを見つけましょう」
「他者依存はやめましょう」
「自分に確固たる『芯』を持ちましょう」

というのが答えです。

私たちは成人した「大人」です。
批判も肯定も、自由自在なのです。

他人の批判ができる、自分の批判ができる。

これは、とっても簡単なことです。
自信過剰な人以外、誰でもできてしまうことです。

しかし、私たちは、本来そうではないのです。

他人に、職場の人に、学校の人に、いろんな人に何かを言われてきたでしょう。

でもね、もし何か不快なことや、嫌なことや、ミスなどをしていたら
社会では何か言われても「当たり前」なんです。

誰しも、何か不愉快なことがあったら、批判的な言葉を言っているはずです。
絶対言ったことがない人は、ほぼないでしょう。

この批判的言葉を
頻度的には多めに言われてしまうのが発達障がいの人だったりするわけです。

それでも、健常者の世界では、それが「当たり前」なのです。

「言わないように配慮してくれ」といくら言っても、
重大なミスをしていたとしたら怒らないわけにいかないものです。

だから、まず、私たちは
「健常者中心の世界で生きていること」をもっと意識するべきなのです。


じゃあ、私たちは「怒られ続け」「差別され続け」なければいけないのか?

いいえ、そうではないのです。

私たち、発達障がい者は「特性」を持っています。
それを活用できるような場所を見つけることです。

「特性」がわからない?

厳しいことを言いますが、それは自分に対して勉強不足で、甘えです。
診断が出たのであれば、「特性」をしっかり把握することは必須のことです。
それをしていないのであれば、「今すぐ」してください。

「障がい者」になったのであれば、ハンデを得たことにもなりますが
医療費を安くしてもらえたり、障害年金がもらえたり、交通費の補助があったり、
いろんな恩恵も受けているはずです。

そうなのであれば、
厳しい言い方になりますが「障がいに甘えない」ことです。

「障がい者なんだから、優しくしてよ」が当たり前だと思わないことです。
優しくしてもらったら「ありがとう」と今まで以上に感謝の心を持つべきです。


Twitterを見ていたら、
「怒られた」「失敗した」「もう私はクズだ」などという言葉を
何人も見ます。

世の中には、理由がなくても理不尽に怒る人はいます。
でも、理由なく怒る人ばかりではないはずです。

つまり、「原因」が必ずあるのです。

その原因になるものが「特性」からだったとしても、
やってしまったことで怒られる原因があれば怒られる。

それって、「当たり前」のことではないでしょうか?

社会に出て給料をもらっている人であれば、
会社に貢献できるように、なんとかしなくてはいけないのです。


「怒られて」気分が凹む。

とても自然なことです。
障がいだから、ではなく、ごくごく普通のことです。

でも、それを過剰に反応してしまう人がたくさんいます。

「怒らないで」
というのは、社会に対しての甘えでもあるように思います。


私であれば、
「きらり。」発送ミスをしてしまって怒られることはあります。

それは、当たり前ですよね。
私の場合、その後、ミスをどう挽回して、相手にお詫びの気持ちを伝えるか、
一生懸命考えます。

お手紙を書いたり、プレゼントをしたり、
思いつく限りのお客様へのサービスをします。

凹まないことはないです。
発達障がいの特性からのミスであっても、ミスはミスなのです。
怒られて当然なのです。

だからと言って、
精神障がい者の私が、寝込むくらいになるか、というと
「なりません。」

申し訳ないことしたな、とは思います。
少々引きずることもあります。

でも、「私なんてもうダメだー!」なんて思いません。

もっとミスしないようにする方法はないか?
ミスしてしまった時、お客様にどうするといいか?
もっといいサービスはないか?

一生懸命考えます。

凹んでる場合ではないのです。


何を言いたいか?というと、

「精神障がい」と「精神的弱さ」は、全く別物だ、ということです。

精神障がいがあるので、
午前中は弱いし、仕事にならないし
天候に体調が左右されてしまうし
お薬を飲まないといけない体ではあります。

でも、
自己否定はしません、し
凹みすぎません、し
自分で自分を追い込むことはしません。

「発達障がい」の特性で、ミスをしてもそうです。

特性でミスしてしまっても、次しない対策を具体的に立てます。
特性で怒られても凹みません。
受け入れてもらえなくても平気です。

今の社会とは、そういうものなのです。


では、「精神的に弱ってしまう人」と「私」とで何が違うのか?

それは、
「自分の中に確固たる『芯』がある」ところではないでしょうか。

私は、個人事業を30歳から始めたので、もう8年、
「自分でしたことは自分で責任をとる」覚悟が出来上がっています。

直接怒られること、批判されることにも慣れています。
でも、それは「当たり前」だと思っていますし、
凹むより、どう挽回するか、を考える脳になっています。

凹んでいる時間があれば、誰かに何かできる。

もちろん、ものすごい怒られたり批判されたら凹みますし
たまには体もしんどくなったりします。

でも、「引きずりません」

一旦寝たら、もっと自分を高めるためにどうしたらいいか、考えます。

「きらり。」のエッセイ
「プラス思考のうつ病さん」でも書いていたと思いますが、
そういう点で「精神的に落ち込まない」人になっているのだと思います。


「朝倉さんみたいにはなれませんよー!!!」
と、よく言われます。

なぜ?
と、私は思います。

私は何も特別なことはしていません。

「自分のことは自分でなんとかする。」

ただ、それだけをしているだけなのです。

他人に振り回されることほど、精神的に消耗することはありません。

ミスをする→怒られる→「怒られないためにどうするか、自分で考える」

ここの思考が違うのかな?
と、最近思うようになってきました。

「言われてする」のではなく、「自分からする」に変えるのです。


しんどい、辛い、だるい、もう嫌だ、最悪だ、・・・
「負」の言葉が蔓延しているな、と思います。

そして、「病みたがり」の傾向もあるな、とも思います。
自分を自分んで「病んでいる」と思い込んでいる人が多い。

そんなに「病みたい」のだろうか?


私の「精神障がい」も「発達障がい」も何をやっても治りません。
14年、入院も何度もして治療しても治らないのです。

でも、治らないからといって、何も不自由を感じたことはありません。

辛いことなんかは生まれた直後から山ほどあります。
書ききれないほどのことがありました。
人生は山あり谷ありなのです。
どんな出来事も、あってしまったものは仕方がないです。

恨み辛みも山ほどありますし、人を恨んで過ごした時もあります。

でも、そんなことをしていても、何もいいことは起こりません。

今日から、今から「どんないいことがあるかな?」と
ワクワクしながら過ごしたいではないですか。

「もう大人になったのだから、自立心を自分で立て直しましょう」
「自分に自信がないのなら、自信が持てることを見つけましょう」
「他者依存はやめましょう」
「自分に確固たる『芯』を持ちましょう」

親は親。他人は他人。友人は友人。私は私。
みんな違うことが当たり前、

あなたは「どんな人」になりたいですか?

自分作りを、これからやってみてはいかがでしょうか?

精神障がい当事者、発達障がい当事者
心理カウンセラー
朝倉美保

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。