障がい者と生死。

小林麻央さんがお亡くなりになりましたね。
ご冥福をお祈りしております。

昨日、起きた時に携帯をぱっと見たら表示されていて呆然としました。
「生」にしがみついて必死だった姿は、「障がい者の両親の姿」に重なりました。

無意識にも、昨日は大きくショックを受けたのでしょう。
1日中、頭が重くて、立っているのがやっとでした。
仕事を最小限したあと、昼の3時くらいから朝の5時まで立ち上がれませんでした。
なんとか起きて仕事をしようとしても、全く頭が働かず座っているのもしんどく、ずっと寝転んでいました。

原因を探しても、1つしか思い浮かびませんでした。


障がい者にとって、「死」は隣り合わせです。

精神障がい者は、「うつ」状態になったら自殺を考えますし
身体障がい者は、難病など死が隣り合わせのものもあります。

お子さんが障がい者であれば、ご両親は「長生きしなければ」と考えるでしょうし
障がい者当事者であれば、「両親が亡くなったらどうやって生きていけばいいのか」と考え込んでしまいます。

私も当事者ですので、当然考えます。

今は両親が支えてくれていますが、もし亡くなったらどうしよう・・・と。
高機能発達障がい、であっても、世の中は生きづらいのです。

結婚して支えてくれる人ができた、と思えば離婚をしてしまい、
子どもができた、と思えば亡くなってしまい。

あぁ、1人で生きていくしかないんだな、と思ったものです。

やはり両親の支えがなければ生きていけません。

私の場合、必死に働きますが、仕事と家事の両立がどうしてもできないからです。
何かと両立することが苦手なんです。

うつ病ですから「できるだけ早く死にたい」と思うことはよくあります。

麻央さんのように「生きたい」と強く思えるようなことがない。
だから、彼女が必死に生きている姿は、心に強く残っていました。

障がい者の親は、「できるだけ長生きしなくては」と思い、

障がい者自身は、「両親のいない世界で生きていることが不安だ」と思う。

全員が全員ではないけれど、
低賃金で働いている人たちは不安でいっぱいです。

病状が悪化すれば、働くことができなくなります。

障害年金をもらっていても、それだけでは生活できません。
何かしら仕事はしなければ、生きていけないのです。

最終的には、生活保護になってしまいます。

そういう流れになっていく人たちをたくさん見てきました。

生活保護がダメなわけではありません。
ただ、本当に最終手段なのです。

できる限り、自活したい、と思うのが人間だと思うのです。

昨日は、生死のことを色々考えさせられました。

障がい者にとって、「生死」の問題はいつまでも付いてくることです。
問題から目を背けず、考えていきたいと思います。

朝倉美保