NHK「発達障害」の特集をみて。

今日のNHKでは「発達障害の解明」特集が放映されていましたね。

みなさんは、ご覧になられましたか?
私は録画して、後で見ていました。

私も「発達障がい当事者」のひとり。
ASD(自閉スペクトラム症)、ADHD(注意欠如・多動症)を持っています。


番組では、「コミュニケーション障がい」を最初に展開されていましたね。

私も一般企業に就職するまで、「コミュニケーション」がうまくできませんでした。

「何を話していいか、わからない」

というのが、私の一番の悩みだったかもしれません。
結局、「なんでもいい」「好きなことを話したらいい」ということがわかってから
自分の話をするようになったような気がします。

あとは、
「何を言ってはいけないのか、わからない」

というのもありました。
先日、「性教育」のブログにも書きましたが、大声で言ってもいいこととダメなことの境目がわからないんですね。

就職してからも、
面白おかしく、上司の悪口(とは思っていなかった)を言っていたら
上司の上司に呼び出しされて怒られました。

陰口はいけないけれど、堂々というならいいだろう、と思っていたのです。

この時、やっと「堂々と人の嫌なことを言ってはいけないんだ」と学びました。
今思えば、「幼いな」「当たり前だろ」と思えることでも、
「なぜダメなのか」教えてもらったことがなかったのでわからなかったのです。


次に、「感覚過敏」のことがしていました。

「感覚過敏」・・・目(色)、耳(音)、舌、臭覚、触覚、などの感覚が過敏。

脳の機能の処理の方法が違う、と言われていましたね。

・「慣れる」ことができない。
・情報処理をうまくすることができない。
・余計な情報がたくさん入ってくるから、入れたくない。
・「ほどほど」がわからない。
・我慢ができるレベルではなく、苦痛でしんどくなる。

確かに、言われてみれば、私も「過敏」なところは多いのかもしれません。

「視覚優位」「聴覚劣位」な私ですが、言われていることに納得しました。
<目>

確かに、スタジオの「白」が多くて、意識が向きすぎました。
なので、チラッと見るくらいが精一杯で、ほぼ音で聞いていました。
「視覚優位」だからこそ、感覚が強すぎるんですね。


<耳>

「聴覚劣位」ですが、聞きたいけど聞けない時がある、ということなんです。
「なぜ聞けないのか」、当事者の方が同じ感覚を言われていました。
Cafeなどに行くと、たくさんの人が話している場面では
「耳に膜ができたように」ぼや〜〜〜っと聞こえてしまいます。
静かなところでは、集中できるのでちゃんと聞けています。

<舌、味覚>

サラダでは、「素材の味」だけで十分甘くて美味しいと感じられます。
ドレッシングは苦手で、いろんな味がするので素材の味がわからなくなります。
つけるものでは、「塩」が多いですね。

<触覚>

幼い時は、「綿」以外は着れませんでした。
他のものは、チクチク刺さって痛かったんです。
ポリエステルとかのサラッとした素材では、汗が吸収しにくくいので
その汗で蕁麻疹や汗疹になりました。
今でも「サラッとした素材」でも汗を吸うものでないと着れません。
あとは、タグですね。変な触覚にイラっとします。

<その他>

授業中、体を動かしていないとイライラしました。
今も、椅子に座っていないといけない時は、自分で自分を固定します。
そうでないと、周りから「やめて」と言われてしまうからです。
<就職>

私も、たくさん職場を転々としました。
一番の苦手は「人間関係」でした。
「総務」をした時、社員みんなに「お昼にお弁当がいるかどうか」を毎日聞かなければいけない時があり、ものすごく苦痛でした。
お弁当の時間に、女子が集まって食べなくてはいけないこと自体も苦痛でした。
何を言えばいいのかもわからず、ずっと黙っていました。


その他、こういう課題も言われていましたね。

・カミングアウトをしたら「子ども扱い」された。

・カミングアウトが怖い。でも、自分を理解してくれる人がいれば、できる。

・どこからが「個性」で、どこからが「障がい」なのか?

・本人の生活環境によって「苦痛」「悩み」も変わる。

・多数派は、自分を「優位」に見て、できない人を「下に見る」こともある。

・職場、生活環境が「自分に合っていれば」生活できる。

 

私も「カミングアウト」をして活動していますが、
初めは「理解してくれる」人はいませんでした。

でも、「特別扱い」せず、
「今までと変わらず接してくれる友だち」ばかりだったのがよかったのかもしれません。

家族で言えば、まだまだ「わからない」という部分が多いのだと思います。

未だに、「あんたが発達障がいなのか・・・うーん」と言ったりします。
でも、私が全く気にしていないので、大丈夫なのかもしれません。

 

どこまでが「個性」で、どこからが「障がい」なのか?

私は、全部「障がい」と思っています。
世間は「うまいこと表現しよう」として「個性」とか言いますが、
「障がい」は「障がい」なのです。

まずは、それを「受け入れる」ことだと思っています。

そして、私には「得意」「苦手」が人より大きくて、
自分にあったことをすれば、上手くいくし
合わないことをすれば、失敗するのです。

ただ、それだけなんです。

「失敗」もたくさんして、やっと「苦手」がわかります。
たくさん失敗することを恐れずに挑むことも大事なことだと思います。
私も、今までたくさん失敗して、泣いて過ごしてきました。
でも、それが今では「強み」にもなっています。
ちょっとやそっとでは「ヘコタレナイ」(笑)

 


ASD(自閉スペクトラム症)の「二次障がい」。

「うつ病」になりやすい。精神障がいになりやすい。
ちょうど、次の「きらり。」で特集しようと思っていました。

人間関係、職場環境が合わないと、すぐに「うつ状態」「パニック」になります。
でも、それは発達障がいの人にとっては「当たり前」のことなんです。
それになることを「恐れていては、何もできない」んです。
私は「うつ病」になって「双極性障がい」になったわけですが
病名は別に気にしていません。

「精神障がい」になろうが、「生きていかなければいけない」。

じゃあ、「どうやって生活していこう?」と一生懸命考えることです。

私は「企業には向いていませんでした」。
だから「個人事業」をし、現在の形にたどり着いているのです。

人との関わりが多い仕事は、今でも「辛い」です。
だから、「逃げます」「避けます」

それでいいんです。
絶対、みんなと同じでなければいけない、と思うからしんどくなるのです。

私は私。
他人は他人です。



社会の求める「普通」ってなんなのだろう?
普通に近づく「努力」をしなければいけないのだろうか?

私は、それをやめました。
私は、私、なのです。
「理解できる人はしてくれたらいい」
「理解できない人はできない」
と、思っています。
たとえ、それが家族であっても、理解できないことはできないんです。

私は
「理解できないことは、しなくていいよ。放っておいて。」
と伝えています。

 


「普通」に見せる。それに疲れ果てる。

これも、「普通に見られたい」から「見せる」わけです。
私は「気にしない」ことにしています。
だって「障がい者」なんですもの。
「普通」になんて、絶対なれないし、そんな苦痛はしたくない。

そうでなくても、外出するだけでも疲労困憊になるのに
「普通に見せる努力」までできません。


普通は「多数派」「少数派」で決まる。

「適当に」「曖昧な表現」ではなく、「数字」などで具体的に表現する。

「得意」「不得意」「能力」をしっかり把握する。

「集中力」がすごくあるので、一般的より疲れが出やすい。

 

・・・という話も出ていましたね。

確かに、その通りだな、と思います。
「疲れやすさ」は普通の人より何倍もあります。
だから、すぐに寝込みます。(しかばねTime、と呼んでます)

でも、いいんです。
障がい者ですから。

もっと「発達障がい」であること、「障がい者」であることに
誇りを持てばいいと思います。

普通とは違うものを、たくさん持っているのですから。

「普通」に合わせると支障が出ます。
だから、「障がい者」なわけです。

「普通」じゃないんだから、「特別扱い」してもらいましょうよ。

・・・と、私は言いたいです。

「弱者」として存在感を出している以上は、「弱者」なんです。
もっと「強気」でいこうよ、と言いたいです。

 


・イギリスでは「クワイエット・アワー」がある。
暗い照明、静かな環境、買い物をしやすい状況が用意されている。

・「発達障がい」に特化した「就労支援」。
能力の「得意」を活かした仕事を紹介して、活躍している。

 

素敵な取り組みが始まりましたよね。

日本ももっともっとオープンに生きられるようになったらいいな、と思います。

番組の感想でした。

 

雑誌「きらり。」vol.1  「発達障がい」特集
雑誌「きらり。」vol.2  「精神障がい」特集(7月発刊予定)

「生の声が聞けた」「他の本では聞けないことが書いてあった」
と感想をいただいています。

「みのり。」の「きらり。」バーから購入できます。
もし、気に入っていただけたら、のぞいて見てくださいね。

 

朝倉美保